なぜ、今、
FC町田ゼルビアなのか?
「挑む者たち」ークラブが企業へ提供する“ストーリーの価値”とは

CHAPTER 01
すでに完成した強豪チームでは味わえないダイナミズム
2026年4⽉25⽇、サウジアラビア・ジッダ。
約5万9千人の咆哮のど真ん中で、青いユニフォームの一群がアジアに向けて熱気を放っていた。まさに「青き熱気」であった。
FC 町⽥ゼルビア。AFC チャンピオンズリーグエリート(ACLE)決勝。アジア⼤会初参戦で、決勝まで登り詰めた史上初のクラブだった。
延⻑前半、1 点を許して0-1。前回王者アルアハリ・サウジに敗れ、残念ながらアジア初制覇は届かなかった。それでも、町⽥のゴールキーパー⾕晃⽣は⼤会最優秀GKに選出された。"あと⼀歩"―その⾔葉が、これほど誇らしく暑き中東のスタジアムに響くシーンもめずらしい。

―実はこのクラブが、わずか3 年前まで何をしていたか、サッカーファン以外の多くのビジネスマンや企業家はご存知だろうか?
J2で15位。Jリーグ60クラブの中で、そのほとんどが誰も注⽬していなかった チームの⼀つだった。つい数年前である。
時間軸を、巻き戻そう。
1989年。町田サッカー協会の小学生選抜チームのトップチームとして「FC町田トップ」が発足した。母体となる企業を持たない、純然たる市民クラブだ。出発点は、東京都リーグ——日本サッカーの最も下のカテゴリー、都道府県リーグ4部である。
そこから最上位のカテゴリーであるプロリーグ1 部・J1 まで、⾃⼒で這い上がった。
⽇本のプロサッカーで、4 部から最⾼峰までの距離を、スタートは市⺠クラブとして登り切ったチーム、アジアチャンピオンズリーグのファイナリストになったチームは、
―FC町⽥ゼルビア、ただ一つしかない。
なぜ、今、FC町田ゼルビアなのか。
企業にも、スポーツチームにも、物語は必ずある。そこには経営者の語り尽くせないくらいの多くの汗と困難とそれをクリアしたストーリーがあり、スポーツチームもまったく同じだ。ただ、J リーグが誕⽣して30 数年が経ち、こう⾔えるかもしれない。
完成された強豪と組んでも、貴社の物語は始まらない。
新しい物語は、新しいステージは、登り続けているクラブとの間でしか⽣まれない。
今、そのステージにいるのが、FC町⽥ゼルビアである。

オーナーの藤田晋(サイバーエージェント代表取締役社長)は、2022年12月、自らゼルビアの社長CEOに就いた。サッカー業界では異例の判断だった。本業の東証プライム上場企業を率いながら、Jクラブの現場に立つ経営者は、まだ、数少ない。
その藤⽥は、就任会⾒でこう⾔った。
「町⽥をかっこいい街にしたい」
軽い⾔葉に聞こえるかもしれない。だが、これは経営者の戦略宣⾔ともいえる。"街"を変える、と⼀スポーツクラブの代表が公の場で⾔い放ったのだ。
そして、クラブのビジョンには、もう⼀つの⾔葉が掲げられた。
「町⽥を世界へ」
―いずれも、完成された強豪では、あまり⼝にできないWordだ。
なぜなら、彼らはすでにアジアチャンピオンズリーグに出場経験があり、チームによっては優勝を捥ぎ取るなど世界を⾒たことがある、からだ。

本記事では、ゼルビアが企業に提供している "物語の価値" をいくつかの軸から論じていく。
HUNGRY ―飢えた挑戦者たちの系譜
CHALLENGER ―東京の覇権に挑む者
MACHIDA ―独⾃カルチャーを持つ街
貴社の挑戦と、クラブの物語が、どこで交差するだろうか?
答えは、最終章にある。
執筆者情報
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