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【トップチーム創設30周年企画】守屋実の未来への言霊(第9回)

コラム&企画

FC町田ゼルビアは今年、トップチーム創設30周年を迎えました。
本コーナーではクラブ創設者の一人である守屋実相談役に、これまでの歴史を振り返ってもらいます。
どんな想いでこのクラブが作られ、市民クラブとしてどう成長し、Jリーグクラブとなり得たのか。
生き字引と言える守屋相談役からの“言霊”を心に刻み、今後の50周年、100周年につなげたいと思います。
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【第9回 “降格危機”がチーム改革の転機に】

 1998年の9月にチーム名を「FC町田」から「FC町田ゼルビア」に改名し、トップチームはこの年から東京都1部リーグを戦っていました。ところが、そこから関東リーグへ昇格するには分厚い壁に阻まれ続けてきました。そんなチームにある1つの転機が訪れます。

 21世紀に入った2001年のことです。チームは東京都1部リーグから降格の危機に陥りました。リーグ最終節。敗戦を喫した選手たちは、「もう九分九厘ダメだろう」と2部降格を覚悟しました。うなだれる選手たちが、サポーター席への挨拶を終え、失意のままロッカールームへ引き上げる途中でした。残留を争うチームが他会場で敗戦を喫したという報せが入ってきました。こうしてチームは勝ち点1差での“奇跡的な残留”を果たしました。我々はその結果に安堵したものの、リーグ戦全日程が終了した後、町田少年サッカー場のクラブハウスに関係者が集まり、将来のゼルビアについて、話し合いました。

 「このままではゼルビアは終わるよ」
 
 「このままだと来年は本当に降格するかもしれない」

 そんな話をされる関係者もいました。当時のチーム作りは、選手主導だったため、それがある種の限界を露呈していたのです。頭をよぎったチーム解散の危機。それでも、このまま引き下がるわけにはいきませんでした。

 チーム名を「FC町田ゼルビア」に改名し、将来的なJリーグ入りを目指して、クラブが再出発していましたし、それ以前に市民運動で作り上げてきたこのクラブは、先人たちの地道な努力と強い思いがあったからこそ、ここまで存続できていました。

「このクラブには地域の方々の歴史と思いが詰まっている。絶対に潰すわけにはいかない」

 そう思えば思うほど、ある決断が頭をよぎりました。私が監督を引き受けることで、存続の道を探ろう。そう思っていたところ、かつての仲間が発した一言が、私の背中を押したのです。

「先生、昔のジュニアユースを見ていたときのように、また一緒にトップをやりましょう!」

 その声の主は、かつてFC町田ジュニアユースを率いていた当時、コーチとして、“二人三脚”でチームを指導してきた菰田省二さんでした。最終的に菰田さんのその言葉に賛同する形で、02年から私がトップチームの監督を引き受けることにしました。

 当時の選手たちは、プロを本気で目指すというよりも、同好会的な視点が残っていました。そのため、試合ができればいい、という雰囲気が、どこかにあったことで十分なトレーニングをしていないことが結果にも反映されていました。「もう一度、立て直そう」と02年からゼルビアは再出発を図ったのです。

 次回は02年から実際に着手した“チーム改革”について、お話していきたいと思います。

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