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【トップチーム創設30周年企画】守屋実の未来への言霊(第5回)

コラム&企画

FC町田ゼルビアは今年、トップチーム創設30周年を迎えました。
本コーナーではクラブ創設者の一人である守屋実相談役に、これまでの歴史を振り返ってもらいます。
どんな想いでこのクラブが作られ、市民クラブとしてどう成長し、Jリーグクラブとなり得たのか。
生き字引と言える守屋相談役からの“言霊”を心に刻み、今後の50周年、100周年につなげたいと思います。
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【第5回 足掛け7年。東京都リーグ1部昇格へ】

このコラムでここまでお話しさせていただいた通り、クラブのルーツでもあるFC町田は、1977年のFC町田トレーニングセンター発足を出発点としており、一番下のカテゴリーから段階的に裾野を広げる形で、サッカークラブとしてのピラミッドを徐々に構築。そして89年の9月に当時の町田サッカー協会理事長を務めていた重田貞夫先生が声を掛ける形でFC町田のトップチームが創設されました。ここまで多くの方々の支えやご尽力により、今年2019年の9月でトップチーム創設30周年を迎えることができました。記念すべき30周年の月を前に、あらためて、この場を借りて感謝を申し上げます。

トップチーム創設の翌年にあたる90年に、FC町田は東京都サッカー協会へチーム登録を済ませ、重田先生が初代クラブ代表兼監督に就任しました。さらに同年、東京都社会人サッカー連盟に登録し、翌91年から東京都社会人リーグ4部への参戦が決まりました。ただし、90年のチームとしての活動は、FC町田トップというチーム名で、各種ローカル大会へ参加するにとどまっています。

FC町田のチームとしての本格的な活動のスタートは、91年の東京都リーグ4部参戦から。初年度は見事優勝を飾り、翌・92年からの東京都リーグ3部昇格を決めました。それ以降は、2シーズンで3部優勝を果たし、94年から2部に昇格。そして2部昇格2年目のシーズンである95年は、クラブにとって、一つの転機の年となりました。

95年は東京都リーグ2部こそ3位にとどまりましたが、天皇杯東京都予選にあたる東京カップで快進撃を見せたFC町田は、関東リーグ所属チームとPK戦までもつれ込む接戦が評価される形で、初めて全国社会人選手権関東予選の出場権を獲得しました。またクラブの後援会も発足し、同年の12月にはチームの指揮官が重田先生から菰田省二さんに代わり、FC町田トップチーム初のセレクションも実施してチーム強化を進めていきました。そして97年に2部優勝を成し遂げたことにより、翌・98年から東京都リーグ1部へ参戦する権利を得ることができたのです。

91年の東京都リーグ4部参戦から足掛け7年。ユース出身選手が続々と加わる形でチーム強化も次第に進み、FC町田は町田らしい技術の高さと創造性あふれるサッカーを展開するチームへと成長を遂げていました。ちなみに、FC町田の主な試合会場は現在、トップチームが練習グラウンドとして使用している上の原グラウンドでした。

こうしてFC町田が所属リーグのカテゴリーを次第に上げていく一方で、町田にはプロサッカークラブを創ろうという機運が高まりつつありました。次回はFC町田とは別に、町田にプロサッカークラブを創ろうという動きがあったことについて、お話ししていきたいと思います。

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