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【トップチーム創設30周年企画】守屋実の未来への言霊(第3回)

コラム&企画

FC町田ゼルビアは今年、トップチーム創設30周年を迎えました。
本コーナーではクラブ創設者の一人である守屋実相談役に、これまでの歴史を振り返ってもらいます。
どんな想いでこのクラブが作られ、市民クラブとしてどう成長し、Jリーグクラブとなり得たのか。
生き字引と言える守屋相談役からの“言霊”を心に刻み、今後の50周年、100周年につなげたいと思います。
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【第3回 少年サッカー界に一石を投じた異質なスタイル】

今回はFC町田のチームスタイルが、少年サッカーの潮流にどんな影響を与えたのか。また重田先生を中心に、FC町田はどんな理念の下に発展を遂げてきたのか、お話ししていきます。

1980年代初頭の当時の少年サッカーは、全国大会で上位常連の古河少年団(茨城県)を筆頭に、長いボールを前線に入れて少しでも早くゴールに近づくプレーを多くする、いわゆる縦に蹴るスタイルが主流でした。FC町田はそうしたスタイルに“アンチテーゼ”を掲げるように、横パスから相手を崩していくアプローチで対戦相手の攻略を試みていました。自分たちでボールを保持しながら、技術やアイディア・創造性を大事にし、落ち着いて自分たちでボールを回しながら横パスで相手を揺さぶり、機を見て縦を突いていくーー。パスコースを作りながら相手を崩していくスタイルは「横が縦を制する」という言葉で称賛されました。

前回のコラムでもお話ししましたが、こうした“クリエイティビティ”を大事にしたサッカーは、当時の少年サッカーの潮流に一石を投じることができたと自負しています。その証拠に例えば我々が関西に遠征すれば、異質なサッカーを一目見ようと、練習場を訪れる関西地域の指導者が後を絶ちませんでした。縦に急ぐ傾向にあったスタイルが主流の時代に、FC町田のスタイルは極端に異質に映ったのでしょう。ただ、それはFC町田が全国大会で勝つために町田の少年団のレベルの高さを維持しながら、勝利を追求した結果、行き着いたスタイルでした。

同じコンセプトの下、FC町田が戦ってきたといっても、“選抜チーム”ゆえの難しさもありました。とはいえ、いざFC町田で全国大会に出場すれば、異質のスタイルで好成績を収めてきました。そうした選抜チームが一致団結できた原動力は、ひとえに重田貞夫先生を筆頭としたリーダーシップを抜きにして、語ることはできません。

重田先生はもともと1970年代当時、ドイツのブンデスリーガーでプレーしていた奥寺康彦さんの影響を受けたのか、奥寺さんが最初にドイツで所属していた1.FCケルンをモデルに、「町田をケルンにしよう」と話していました。そのために重田先生が口癖のように繰り返していたことは、「一流のものに触れることの重要性」でした。

重田先生は当時、FC町田に携わる人たちが一流のものに触れられるように、さまざまな取り組みをしてきました。プレーする当の選手たちが一流のものに触れる機会を作ろうと、町田で全国の選抜チームを招待したサッカー大会も開催しました。もちろん、選手たちだけではなく、町田の指導者たちが一流のものに触れる機会も積極的に作っていました。

例えば、重田先生が主催した“研修会”と称した勉強会には、日本サッカー協会の技術委員長や、ライバルチームである清水FCの堀田哲爾さんも招かれました。またその研修会はただの指導理論を学ぶ場だけではなく、ジャーナリストの方など、ピッチ外の一流の方も招待されました。そのほかには、大会のパンフレット一つをとっても、立派なものを作ろうと、重田先生は質を追求してきました。町クラブの指導者は大きな視点を持ちにくいものですが、スタートの地点からすぐ近くの目標ではなく、大きな目標に目を向けさせることで、将来的な町田のサッカーの飛躍に繋げようと、重田先生は努力されてきたんだと思います。

「一流のものに触れなさい」という重田先生の教えは、現在のトップチームの監督の人選にも息づいていると言ってもいいでしょう。現在の相馬直樹監督や、秋田豊元監督は現役時代に日本で初めてW杯のピッチに立った方ですし、鹿島アントラーズで数多くのタイトルを獲得されてきました。またJリーグ参入初年度の町田を率いたオズワルド・アルディレス元監督も現役時代はW杯優勝を経験されている方でもあります。一流の景色を見たことがある方は、見えている世界観が違います。「一流は変化するもの。だから常に勉強が必要」という重田先生の言葉が今でも思い出されます。

こうした理念の下、全国でも有数の実力を発揮するようになったFC町田は段階的に発展し、85年にジュニアユースが、翌86年にはユースが誕生し、次第にクラブチームの形が出来上がっていきます。次回はゼルビアのカテゴリーのピラミッドが、どんなプロセスを経て構築されたのか、お話ししていきたいと思います。

-----続く-----

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