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【トップチーム創設30周年企画】守屋実の未来への言霊(第8回)

コラム&企画

FC町田ゼルビアは今年、トップチーム創設30周年を迎えました。
本コーナーではクラブ創設者の一人である守屋実相談役に、これまでの歴史を振り返ってもらいます。
どんな想いでこのクラブが作られ、市民クラブとしてどう成長し、Jリーグクラブとなり得たのか。
生き字引と言える守屋相談役からの“言霊”を心に刻み、今後の50周年、100周年につなげたいと思います。
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【第8回 クラブの基本理念ができるまで】


 前回のコラムでお話ししたとおり、1996年の9月、「町田にプロサッカークラブを誘致する会」は、「町田にプロサッカーチームを実現する会」へ移行し、町田にプロサッカークラブを創ろうという市民の夢が、FC町田へと託されるようになりました。この「町田にプロサッカーチームを実現する会」のメンバーは、93年から実績を積んできた「サッカーフェスティバル IN MACHIDA」の実行委員とほぼ同じメンバーで構成されており、今後の活動方針を議論する中で、FC町田のトップチームが地域の皆さんに愛されるクラブになるためにも、愛称が必要ではないか、という結論に達しました。

 そこで実現する会のメンバーは定期的に小山小学校の会議室に集まり、チームの愛称について、約3カ月間にわたって議論を繰り返してきました。最終的には、いくつか絞られた候補の中から、町田市の樹であるケヤキの英語名「ZELKOVA」(ゼルコヴァ)と、町田市の花である「SALVIA」(サルビア)を合わせた造語である「ゼルビア」にしようと、重田貞夫先生の鶴の一声で決まりました。

 また「実現する会」はチーム愛称のネーミング会議と並行して、クラブ理念についても「しっかり決めようじゃないか」と、クラブ理念に関する議論も、そこで交わされました。その過程で以下の4つの基本方針が定められました。

(1)町田の市民に愛されるサッカーチーム「FC町田」(愛称・ゼルビア町田 ※この時点ではこの愛称だった)を支援するとともに、人々の郷土愛の高揚とコミュニケーションの活性化をはかる

(2)「FC町田」を市民、行政、企業が一体となって支援できる体制を確立する

(3)町田の市民に密着した「スポーツ文化」の振興と「総合スポーツクラブ」の創設をめざす

(4)緑と調和した「総合スポーツ施設」の建設をめざす

 このとき定められた4つの基本方針は、現在のクラブ理念にも反映されているため、このタイミングでクラブ理念の原型が形作られたと言っても良いでしょう。そして4つの基本方針に加えて、絶対に外せない柱が地域愛と町田の子どもたちに向けた視点でした。

 現在のクラブ理念のVISION 03には「次代を担う子どもたちの健全な育成と夢の創造に貢献するクラブであること」と記されています。「実現する会」が議論を重ねた結果、導き出された理念は、現在のクラブ理念としても息づいているのです。実は「実現する会」が活動を続ける中で、周囲には「まだそんなことをやるの?」と言われることもありましたが、重田先生を筆頭に、私たちには、町田に子どもたちと地域愛を象徴するサッカークラブを創ろうというゴールだけはありました。

 こうして将来的にFC町田のトップチームがJリーグを目指す上で、チームの愛称が必要とされる中、正式にチーム名が改称されたのは、98年4月のこと。クラブ名を「FC町田」から「FC町田ゼルビア」へと改名し、将来的なJリーグ入会を目指し、「FC町田ゼルビア」として、新たなスタートを切りました。

 「実現する会」のメンバーの情熱が少しずつ形となっていったように、ピッチ外ではJリーグ入会への機運が高まりましたが、その一方で、ピッチ上での結果はなかなかついてきませんでした。チームは東京都1部リーグを抜け出せず、関東リーグ入りは分厚い壁に阻まれてきました。そして、チームに1つの転機が訪れたのです。

 次回はピッチ上での結果をベースに変わりゆくクラブについて、お話ししていきたいと思います。

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